Chapter 1 「命」
「おぎゃあ!おぎゃあ!おぎゃあ!」
世の男性は、こんな泣き声がドアの向こうから聞こえてくると想像しているのだろう。
斯く言う私も、このようなお決まりの泣き声が、ある種の始まりの合図として
まるで、徒競走の始りを告げるピストルのように、
このドアの向こうから聞こえてくるものと信じていた。
しかし、それはあまりに静かに私の前に現れた。
保育器の中で、この世界の明るさを確かめるように、じっと一点を見つめ、
おとなしく横たわっている。
この子が産まれた瞬間、私は親父になったのである。
ピストルの音が聞こえなかったが、
この瞬間から、私の「親」としての徒競走は始まった。